人生100年時代の生存戦略を読み解く「鎌倉殿の13人」考察
歴史上の人物たちから学ぶ、新たな視点と生きるためのヒント 1-後編
【1-前編】はこちらから
2022年のNHK大河ドラマは『鎌倉殿の13人』。脚本は、『新選組!』、『真田丸』に続き、三谷幸喜氏が務めます。
舞台となるのは、平安末期から鎌倉時代前期。北条義時を主人公に、源頼朝の挙兵から源平合戦、鎌倉幕府の樹立、御家人による13人の合議制、承久の乱まで激動の時代を描きます。朝廷と貴族が政治の実権を握っていた時代から、日本史上初めて、武家が政治を行う時代へと突入する、まさに歴史の大きな転換点とも言うべき時代。ここから中世という時代の幕が開く歴史のターニングポイントを、三谷氏らしいコミカルな演出も交えながら描く、予測不能のエンターテインメントです。
このコラムでは、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を深読みしつつ、ドラマの中に描かれる史実を取り出して解説します。そして、歴史上の人物たちの生き方や考え方から、現代に活用できる新たな視点を紹介していきたいと思います。
目 次
- 「偏に汝を恃む」は『吾妻鏡』にも描かれる史実エピソード
- 武家の棟梁とは言えない?治承4(1180)年には、実はただの流人でしかなかった源頼朝という人物
- 絶対的な権力者である平家に勝てるとは多くの人が思っていなかった
- 過去を悔いるのではなく今を生きる。なりふりかまわぬポジティブな行動が人生を大きく変えることもある
4. 「偏に汝を恃む」は『吾妻鏡』にも描かれる史実エピソード
ドラマの中で描かれているのはここまでですが、実はコントのようなこの場面は、正式な歴史書である『吾妻鏡』にも書かれています。
【現代語訳】
「(頼朝は)それぞれ一人ずつを順番に、人気のない部屋に呼んで、合戦のことについてお話しされた。
『今まで黙っておったが、わしが一番頼りにしているのは実はおまえなのだ』
と一人ずつに丁寧なお言葉をおかけになったので、皆、自分だけが頼りにされているのだとそのお志を喜んで、(頼朝のために)勇敢に戦おうと思ったのである」
(『吾妻鏡』治承四年八月小六日丙戌)
【原文】
「各、一人を次第に閑所に召し抜きんじ、合戦の間の事を議令(せし)め給ふ。
未だ口外せずと雖(いへど)も、偏(ひとへ)に汝を恃(たの)むに依てと仰せ合は被(さる)る之由、人毎に慇懃(いんぎん)の御詞を竭(かつ)せ被る之間、皆 一身 抜群之御芳志を喜び、面々勇敢を励まんと欲す」
「おまえが頼り」と言われたのは自分だけと、皆、思っているわけですから、当然、主君のために奮起し命をかけて戦います。
この後、一度は勝利を収めたものの、石橋山の合戦で敗走した頼朝は、安房へと逃げ再起をはかるわけですが、この時、真鶴からの船出を助けたのが土肥実平です。土肥実平の心中はわかりませんが、「一番頼りにしているのは実はおまえなのだ」と手を握られた、あの場面が脳裏をよぎったかもしれません。
頼朝が亡くなった後、皆に同じことを言っていたという事実は『吾妻鏡』という形で世間に周知されるわけですが、この時点でそのことを知っているのは北条氏だけ。土肥実平は事実を知らないのですから。
現代において、もしこのようなことを言って、社員のやる気を高めている企業があり、SNSで情報が漏れでもしたら炎上してしまいそうです。
しかし、こんなコントのようなことをやってのける頼朝に驚きを隠せないでいる義時に対し、ドラマの中の頼朝は言います。
「覚えておけ。嘘も誠心誠意つけば、真になるのだ」
と。
5. 武家の棟梁とは言えない?治承4(1180)年には、実はただの流人でしかなかった源頼朝という人物
さて、私たちは現代という地平から、治承4(1180)年という平安時代末期を眺めています。この後、源頼朝という人物が、平家を滅ぼし、鎌倉に幕府を開いて武家政権を樹立する人物になるという史実を知っているわけです。
しかし、この治承4年の時点においては、頼朝はただの流人でしかありません。
「佐殿(すけどの)」と過去の官位で呼ばれてはいますが、それは呼び名がないだけで、実際には無位無冠の流人です。
私たちは、鎌倉幕府を開いたというこの後に起きる事柄から、当然のように「源頼朝=武家の棟梁」、つまり「武士たちのトップに君臨する人物」だと考えてしまいがちです。しかし、甲斐源氏の武田信義が、頼朝に取って代わって平家を討ち滅ぼし、幕府を開いた歴史があったとしても、不思議ではありません。
現に、第6回「悪い知らせ」で、武田信義(八嶋智人)は
「頼朝は源氏の棟梁を名乗っているようだが、真の棟梁はこの信義である」
と、北条父子に対して宣言しています。時政は、この武田信義の揺さぶりを受けて、頼朝を見限って武田側につこうともしているのです。
他にも、同じ河内源氏の中に新田義重や足利義兼もいれば、信濃源氏には平賀義信、摂津源氏には多田行綱がおり、頼朝に遜色ない血筋を持つ源氏たちが日本各地にいた時代でした。
だからこそ、以仁王(木村昴)の挙兵に伴い、頼朝の叔父にあたる源行家(杉本哲太)は、その令旨を携え各地の源氏たちの決起を促すために行脚していたのです。行家は頼朝のもとだけを訪れたわけではありません。武家の棟梁として頼朝が一人抜きん出ていたわけではなかったのです。
この時代の頼朝がどんな境遇だったか想像するにあたっては、徳川家康が人質として過ごしていた子ども時代を思い出すと理解しやすいかもしれません。歴史の結末を知らなければ、まさかそんな不幸な境遇に置かれた子どもが、後に幕府を開くとは想像もつかないことでしょう。
6. 絶対的な権力者である平家に勝てるとは多くの人が思っていなかった
そして、さらに言うなら、当時は「平家にあらずんば人にあらず」と言われたほど、平家が栄華を極めていた時代です。そもそも、幕府を開くも何も、平家打倒という大戦(おおいくさ)に勝つというのが、夢物語のような時代でした。
山内首藤経俊(山口馬木也)は、頼朝の乳母子という非常に近しい間柄でありながら「平相国と頼朝、虎と鼠ほどの差があるわ。このたびの挙兵、まさに富士の山に犬の糞が喧嘩を売っているようなもの」と言って挙兵には加わりません。このエピソードも『源平盛衰記』に似たような台詞があり、「平家の世を覆すなんて富士山と背を比べたり、猫の額にあるものを鼠が取ったりするようなものだ」と描かれています。これは軍記物語ではありますが、ここから当時の人々の時勢の捉え方が伺えるのではないでしょうか。
ドラマの中で、何度も挙兵を諦めようとする頼朝ですが、これは頼朝が意気地なしなのではなく、「勝てる戦ではない」と尻込みするのが当たり前のような時代背景があったのです。
こんな時代状況の中にあっては、誰に対しても「わしが一番頼りにしているのは実はおまえなのだ」という詭弁ぐらい使わなければ、賛同する味方を増やすことも難しかったことでしょう。むしろ、それぐらいしなければ、味方を集めて一発逆転することなど困難な状況にあったとも言えるのです。
こう考えると、ただのコントにしか感じられなかった場面も、実は、人生を賭け、覚悟の上に取った行動だったのかもしれないと、また別の視点から見ることもできるのではないでしょうか。
7. 過去を悔いるのではなく今を生きる。なりふりかまわぬポジティブな行動が人生を大きく変えることもある
私たちにとって、時間とは、過去から現在、未来へ向けて不可逆的に流れていく存在です。
過去に起きたことは変えられないし、未来に起きることを予想することはできません。だからこそ、過去のできごとを悔やんだり、未来への不安を抱いたりもするのです。特に、年を重ねると、過去の失敗を何度も思い悩んでは、「あの分岐点から人生をやり直したい」と考えてしまうことも増えるのではないでしょうか。
しかし、現代物理学の世界では「時間」というものは存在しないと考えられるそうです。
「今この瞬間」しか存在していないとしたら、過去を思い悩むこともありませんし、未来がどうなるか不安に感じることもありません。
実際、「マインドフルネス」と呼ばれる瞑想法は、「今ここ」に意識を集中することで、過去や未来という雑念から解放され、心を整えることを目指します。
『鎌倉殿の13人』のナレーション(長澤まさみ)は、琵琶法師や昔話の語り手のように過去にあった物語を語り伝えるのではなく、「今まさに起きていること」として現在形で物語を語ります。ドラマの中の「今ここ」に軸を置いて、語っているのです。
私たち視聴者も、現代人としてコミカルな場面に笑いながらも、現代の知識や常識を頭の片隅に追いやって、ドラマの中の時間軸を「今ここ」と据えてもう一度同じ場面を見てみると、より臨場感を持って、違う楽しみ方ができるようになるかもしれません。
なりふりかまわず皆に「一番頼りにしているのは実はおまえ」と言うのは、現代的視点で見れば、ただのお調子者でしょう。しかし、その行動によって人心を掌握し圧倒的不利な状況を覆してしまうのが頼朝です。
「平治の乱で清盛に刃向かおうとしなければよかった」と過去の失敗を悔いるのではなく、頼朝は前へと進みます。そんなポジティブさを、ほんの少しだけ「今」に取り入れてみるのも良いかもしれませんね。
ただし、こんな言葉をかけられる側になった場合には、その真意を疑ってみる必要もあります。うまい言葉をかけられた時は、「誰に対しても言っているのかもしれない」と、鵜呑みにしない注意深さも必要です。
並木由紀(ライター、小説家)
大学院では平安時代の文学や歴史、文化を中心に研究。別名義で『平安時代にタイムスリップしたら紫式部になってしまったようです』、『凰姫演義』シリーズ(共にKADOKAWA)など歴史を題材とした小説を手がける。
2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』