人生100年時代の生存戦略を読み解く「鎌倉殿の13人」考察 | シニアド

人生100年時代の生存戦略を読み解く「鎌倉殿の13人」考察
新連載企画 投稿日: 更新日:

人生100年時代の生存戦略を読み解く「鎌倉殿の13人」考察

歴史上の人物たちから学ぶ、新たな視点と生きるためのヒント 12-後編 【最終】

【12-前編】はこちらから

2022年のNHK大河ドラマは『鎌倉殿の13人』。脚本は、『新選組!』、『真田丸』に続き、三谷幸喜氏が務めます。

舞台となるのは、平安末期から鎌倉時代前期。北条義時を主人公に、源頼朝の挙兵から源平合戦、鎌倉幕府の樹立、御家人による13人の合議制、承久の乱まで激動の時代を描きます。朝廷と貴族が政治の実権を握っていた時代から、日本史上初めて、武家が政治を行う時代へと突入する、まさに歴史の大きな転換点とも言うべき時代。ここから中世という時代の幕が開く歴史のターニングポイントを、三谷氏らしいコミカルな演出も交えながら描く、予測不能のエンターテインメントです。

このコラムでは、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を深読みしつつ、ドラマの中に描かれる史実を取り出して解説します。そして、歴史上の人物たちの生き方や考え方から、現代に活用できる新たな視点を紹介していきたいと思います。

目 次

  1. 「ボンタラクソワカ」に象徴される、もう取り戻せない家族の幸せ
  2. 大河ドラマにも現れる世相と価値観の変化
  3. これまでの報いを受ける義時、その死因は?
  4. タイトル『鎌倉殿の13人』に込められたいくつもの意味
  5. ただひとつの希望、泰時によって制定された「御成敗式目」

5. 「ボンタラクソワカ」に象徴される、もう取り戻せない家族の幸せ

鎌倉に下向した三寅(後の将軍・藤原頼経)は、まだ2歳と幼く、自ら政を行うことはできません。

「私が執権として政を執り行いますので、不都合はないかと」と語る義時に、政子は「あなたは自分を過信しています」「私が鎌倉殿の代わりとなりましょう」と尼将軍となることを宣言します。

そして、義時に勝る力を手にした政子は、まず幽閉されていた妹の実衣を助け出したのでした。

政子は「みんないなくなっちゃった。とうとう、二人きり。支え合ってまいりましょう」と実衣に語りかけます。

まだ弟である義時も時房も生きているのに、「二人きり」と言い切っているのはなぜなのでしょうか。お互い、夫や息子たちを失ったことを指しているのかもしれませんし、心情的にわかり合える相手、信じられる人物が弟妹の中でもう「実衣しかいない」ということを表しているのかもしれません。

そして、政子は「『ウンタラクソワカ』、唱えて」と真言を唱えるよう実衣に促します。しかし、実衣は「違う、『ボンタラクソワカ』」とかすかに笑みを浮かべながら、姉・政子の間違いを指摘し、二人で「ボンタラクソワカ」と唱えるのでした。

とても感動的な場面なのですが、実は実衣の記憶も間違っており、「正しくはオンタラクソワカである」と、語り(長澤 まさみ)が天の声としてツッコミを入れます。第37回「オンベレブンビンバ」で、皆が皆、次々にまったく違う真言を唱え、最後に実衣が正しい真言を思い出して一件落着と思ったものの、実はそれすらも間違いであったという展開とまったく同じでした。

実衣と政子は、今回も間違ったまま真言を唱えています。

第37回「オンベレブンビンバ」では、北条 時政(坂東 彌十郎)が、この後、自身は罰されるであろうことを察し、家族皆で迎える最後の団らんであることを覚悟して迎えた席で、この真言が登場します。

虚空蔵菩薩
虚空蔵菩薩 出典:東京国立博物館 「研究情報アーカイブズ

この「オンタラクソワカ」とは、虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)の真言の一部です。北条一家にとっては、まだ元気だった大姫(南 沙良)が唱えていた思い出の真言であり、幸せだった頃の象徴、家族の絆を表すものでもあるのですが、今となっては正しい真言を誰も思い出すことができないのです。

正しい真言を、もう誰も思い出せないというところに、幸せに暮らしていた家族が崩壊し、もうその時を取り戻すことはできないということが表現されているのかもしれません。

6. 大河ドラマにも現れる世相と価値観の変化

最終回「報いの時」では、いよいよ承久の乱と義時の最期が描かれます。

承久の乱以前は、東国を中心とした武家政権と西国を支配する朝廷という、二つの政権が並立した状態でした。しかし、承久の乱に鎌倉が勝利したことによって、武家による支配が全国へと及びます。これ以降、明治維新が起きるまで武家政権が続きますので、この承久の乱が歴史の大きな転換点となるのです

承久の乱に勝利することで、はじめて「板東武者の世を作る」という兄・北条 宗時(片岡 愛之助)の言葉が現実のものとなるのでした。 

そういった意味でも、『鎌倉殿の13人』は歴史の大きなうねりを描いた大河ドラマでありながら、最初から最後まで北条一家という家族の物語でもあるのです。

これまで大河ドラマというと、「天下を平定しその頂点に立ちたい」「戦を終わらせて平和な世の中にしたい」「自らが成り上がりたい」といった大志を抱く主人公の一生とともに歴史を描くことが多かったのではないかと思います。

しかし、『鎌倉殿の13人』は、一般的にはあまりよいイメージを持たれていないと思われる北条時政、義時、政子という権力者たちを題材としながらも、彼らは権力を握ろうという自らの積極的な意図で行動していません。愛する家族のために行動し続けたその結果として、たまたま権力者となってしまったように描かれているのです。私たちに新たな歴史や物事の捉え方を示唆してくれているように思います。

幸せを追い求めるうちに、結果的に歴史の荒波に翻弄されてしまった家族の物語として大河ドラマを描くという発想には、社会的な価値観の変化も反映されているのかもしれません。

昭和や平成のはじめ、バブルが崩壊するまでは、たとえ家族との幸せな時間を犠牲にしてでも「出世すること」や「お金持ちになること」こそ、最優先すべきものだという価値観が私たちには植え付けられていたように思います。特に、家族の中で大黒柱、稼ぎ頭と目される父親あるいは夫が担う役割やプレッシャーは、今とは比べものにならないものだったのではないでしょうか。

1989年、「24時間戦えますか」というCMソングが流行し、新語・流行語大賞にもランクインしました。24時間、休むことなく身を粉にして会社のために働くことが素晴らしいともてはやされた時代のことです。現在の中高年層にとっては、懐かしいフレーズではないかと思いますが、おそらく今のZ世代が耳にしたら「ブラック」と感じてしまう価値観でしょう。

このように社会的な価値観が世相とともに大きく変化を見せる中で、大河ドラマで描かれるテーマもその時代に合わせて変化しています

令和の世の中、「家族とのささやかな幸せこそが至高の幸せである」という、かつてとは異なる価値観が私たちに提示されているのかもしれません。 そんな新たな大河ドラマの中では、周りを蹴落としてでも権力を握りたいという旧態依存の価値観に取り憑かれた女性こそ、悪女として描かれます。権力欲によって不幸になってしまったのが、義時の3番目の妻であるのえ(菊地 凛子)でした。

7. これまでの報いを受ける義時、その死因は? 

法華堂跡
鎌倉市/史跡法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)

北条義時が亡くなったのは、旧暦の貞応3年(1224)6月13日のこと。その死因については、さまざまな説があります。これまでに唱えられてきた説を、以下にまとめて紹介しましょう。

・病死説

『吾妻鏡』では、その死因を病気によるものと記しています。

「数日来、脚気を患っていた上、暑気あたりが重なったという。(中略)念仏を数十反唱えた後、亡くなった。誠にこれは作法通りの往生というべきであろう」

(原文書き下し「日者、脚気の上、霍乱、計会すと云々。(中略)念仏数十反の後、寂滅す。誠に是、順次の往生と謂ふ可きかと云々」)

このように、もともと持病の脚気があり、そこに暑気あたりが重なって亡くなったのだと、その死に不審なところは何もなかったと『吾妻鏡』には記されています。 

・伊賀の方(のえ)による毒殺説

藤原定家の日記である『明月記』の記述をもとに、唱えられるようになった説です。

後鳥羽上皇の側近の一人で、承久の乱の首謀者の一人でもある尊長が尋問に対して「ただ早く首を斬れ。できないのであれば、義時の妻が義時に与えた薬を飲ませて早く殺せ」と言ったという記述があり、この発言から義時が妻によって毒殺されたのではないかと推測されるようになりました(平泉澄氏の説)。 

・近習による暗殺説

『保暦間記』は、南北朝時代に成立したとされる歴史書です。同時代ではなく後世の史料になりますので、信憑性は低いと考えられていますが、『保暦間記』には近習の若侍によって突き殺されたと記されています。

このように、さまざまな説のある義時の最期ですが、最終回「報いの時」では、のえによる毒殺説も取り入れつつ、かつ長く患っていたという『吾妻鏡』の記述も活かしながら、衝撃的な最期が描かれました。その毒を用意したのは、親友だと思っていた義村。そして、最後の最後に、毒消しの薬を渡さないという形で引導を渡すのは、姉の政子なのです。 

この死は、妻に愛を注いでこなかった報いでもあり、これまで犯してきた数々の謀略の報いでもあるでしょう。まさに「報いの時」を義時は迎えることとなるのでした。

8. タイトル『鎌倉殿の13人』に込められたいくつもの意味

 さらに最終回では、タイトルに込められた衝撃的なダブルミーニングも明かされます。

「梶原殿、全成殿、比企殿、仁田殿、頼家様、畠山の重忠、稲毛殿、平賀殿、和田殿、仲章殿、実朝様、公暁殿、時元殿、これだけで13……」

と、頼朝が病没して以降、命を落とした人たちの数を数えるとちょうど13人なのです。 

この義時の発言を聞いた政子は、そこに頼家の名前が入っていることに驚愕します。義時に薬を渡さないのは、息子を殺された母としての怨みではないかとという解釈もできるでしょう。しかし、「ご苦労さまでした、小四郎」という最後にかけられた政子の言葉からは、息子である北条 泰時(坂口 健太郎)のため、自分一人が悪者になればいいと考えてさらに罪を重ねようとする義時を修羅の道から救う優しさのように受け取れます。 

「たまに考えるの。この先の人は、私たちのことをどう思うのか。あなたは上皇さまを島流しにした大悪人。私は身内を追いやって尼将軍に上りつめた稀代の悪女」

かつて源 義経(菅田 将暉)が、「歴史はそうやって作られていくんだ」と語っていましたが、政子も、そしておそらく義時も、同じことを認識しています。

だからこそ、義時は自分だけが悪人として評価されればいいと、息子のため自らの手だけを汚そうとするのでしょう。

「太郎は賢い子。頼朝様やあなたができなかったことを、あの子はやりとげてくれる」

と義時に語りかける政子の言葉は「もう罪を重ねないで、ゆっくり休んで」というようにも聞こえます。

ラストシーンは、政子と義時。姉と弟の二人だけ。

どのような波瀾万丈の歴史的事件を描こうとも、最終的にはまた北条家という家族の物語へと帰結していくのです。『鎌倉殿の13人』が、あくまでも家族の物語だということを思い出させてくれるラストシーンでした。

そして、太郎は八重に似ているという義時に、

「でもね、もっと似ている人がいます。あなたよ」

という政子の言葉に、私たち視聴者は頼朝が亡くなる前のまだ純粋だった小四郎を思い出すのです。上総 広常(佐藤 浩市)が頼朝の陰謀により粛清されたとき、涙を流し哀しんでいた小四郎。そんな、純真な小四郎の姿が蘇ります。

9. ただひとつの希望、泰時によって制定された「御成敗式目」

どん底に突き落とされるようなラストシーンではありましたが、政子にとっても、義時にとっても、そして視聴者にとっても、ただひとつの希望となるのが太郎・泰時です。

この後、北条泰時は「御成敗式目」という法を制定します。承久の乱以降、訴訟が増える中、これまでのように血で血を洗うような争いが起きないために、法の整備を目指すのです。 

御成敗式目
御成敗式目 出典:日本大学図書館法学部分館

そして、『鎌倉殿の13人』の中で、もうひとつ視聴者にとって希望となったのは、泰時が上総 広常の生まれ変わりであるかのように受け取れるヒントがいくつも散りばめられていたということでした。

生まれたときに「ブエイ」と泣いた太郎。

双六をすると気分が悪くなってしまう太郎。

「『これは泰時が上総介の生まれ変わりだという設定もあるな』と思い、ハッキリと明言はしなかったけど、泰時が赤ん坊のときの泣き声を『ブエイ』にした」と三谷氏自身も語っていますので、意図的に採用した設定だそうです。 

そして、これは偶然だったそうですが、御成敗式目は読み書きの苦手な東国の武士でも誰でも読めるように、やさしい文章で書かれているのです。読み書きが苦手でひそかに手習いをしていた上総介を彷彿とさせます。

御成敗式目は、明治維新以降、近代法が成立するまで影響力を持ち、江戸時代には寺子屋の教科書としても用いられていました。さらには現代の民法にも影響を与えているのではないかといわれています。

義時にとっての希望、政子にとっての希望であり、彼らの思いを継いだ太郎・泰時が成したことは、私たちの時代まで影響を及ぼしています。義時の思い、政子の思いが、泰時を通じて現代にも息づいているのです。

連載【目次一覧へ】

並木由紀(ライター、小説家) 

https://note.com/yuki_nami

大学院では平安時代の文学や歴史、文化を中心に研究。別名義で『平安時代にタイムスリップしたら紫式部になってしまったようです』、『凰姫演義』シリーズ(共にKADOKAWA)など歴史を題材とした小説を手がける。

2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』

鎌倉殿の13人
(C)NHK
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