人生100年時代の生存戦略を読み解く「鎌倉殿の13人」考察
歴史上の人物たちから学ぶ、新たな視点と生きるためのヒント 9-後編
【9-前編】はこちらから
2022年のNHK大河ドラマは『鎌倉殿の13人』。脚本は、『新選組!』、『真田丸』に続き、三谷幸喜氏が務めます。
舞台となるのは、平安末期から鎌倉時代前期。北条義時を主人公に、源頼朝の挙兵から源平合戦、鎌倉幕府の樹立、御家人による13人の合議制、承久の乱まで激動の時代を描きます。朝廷と貴族が政治の実権を握っていた時代から、日本史上初めて、武家が政治を行う時代へと突入する、まさに歴史の大きな転換点とも言うべき時代。ここから中世という時代の幕が開く歴史のターニングポイントを、三谷氏らしいコミカルな演出も交えながら描く、予測不能のエンターテインメントです。
このコラムでは、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を深読みしつつ、ドラマの中に描かれる史実を取り出して解説します。そして、歴史上の人物たちの生き方や考え方から、現代に活用できる新たな視点を紹介していきたいと思います。
目 次
3. おまえの悩みはどんなものであっても、それはおまえ一人の悩みではない
『鎌倉殿の13人』の中で、新しい実朝像のひとつを象徴しているのが、実朝(柿澤勇人)が抱えているとある悩みです。
元久元(1204)年、13歳となった実朝は、後鳥羽上皇の従姉妹にあたる坊門信清の娘・千世(加藤 小夏)を正室(御台所)として迎えることとなります。第34回「理想の結婚」で、「私はやはり、そのお方を娶らなければならないのか」と実朝は義時に対して内心の不安を吐露しますが、鎌倉殿という立場的に婚姻を拒否できるはずもありません。
結局、そのまま婚儀の話は進められ、第35回「苦い盃」では、実朝と千世の婚礼の祝賀が催されます。しかし、結婚後の実朝は一人何かを思い悩み、母の政子のすすめで始めた和歌にもなかなか身が入らない様子。三善 康信(小林 隆)は、美しい御台所を迎えたことで気もそぞろなのかと誤解した発言をしますが、実朝がチラチラと気にする視線の先にいるのは北条 泰時(坂口 健太郎)です。
実朝は、泰時と鶴丸(きづき)だけを連れ、和田 義盛(横田 栄司)の館を訪れます。「少しははめを外したほうがいいんだよ」「食い終わったら面白い所にお連れしましょう」と、義盛はうかない様子の主君の気を晴らそうと、馴染みの歩き巫女(大竹しのぶ)のもとへ皆を連れて行くのでした。
実朝を一目見た歩き巫女のおばばは、「雪の日は出歩くな、災いが待っている」と今後の伏線ともなる予言を口にします。
そして、おばばと二人きりになった実朝は「妻を娶った」「私の思いと関わりのないところで、すべてが決まった」と心の内に秘めた悩みを打ち明けるのでした。おばばは「おまえさん……。まあいい」と、何かを察した素振りを見せたものの何も言及しないまま、「悩みは誰にでもある。おばばにもある」と諭すように語り始めます。
さらに、「おまえの悩みはどんなものであっても、それはおまえ一人の悩みではない。はーるか昔から、同じことで悩んできた者がいることを忘れるな。この先もおまえと同じことで悩む者がいることを忘れるな。悩みというのは、そういうものじゃ。おまえ一人ではないんだ、決して」と、すべてを受けとめるようにおばばは語るのです。実朝はおばばの言葉に涙を流し、「気が晴れたか」と問うおばばに笑顔を浮かべるのでした。
このときに実朝が抱えていた悩みが何かということは、後々、第39回「穏やかな一日」で明かされることとなります。しかし、この時点では、その悩みが何かに気付いていなくてもかまいません。逆に、ぼかされているからこそ、万人の心を揺さぶる名場面になったとも言えます。
4. 悩んだときにこそ思い出したい心に刺さる名場面
人生で「これまで一度も悩んだことがない」「幸せしか感じたことがない」と断言できる人はおそらくこの世にいないのではないでしょうか。誰でも物心がついてから、さまざまな悩みを抱え、何度も壁につき当たりながら生きてきたはずです。だからこそ、おばばのこの言葉は誰の心にも突き刺さる名言なのです。実際、この場面で涙した視聴者も多かったようで、SNSでも話題になりました。
三谷氏作・演出のミュージカル『日本の歴史』の中にも、「あなたが悩んでいることは いつか誰かが悩んだ悩み」という歌詞の劇中歌があります。悩みを抱えている人々に対して、三谷氏が伝えたいと思っているメッセージなのかもしれません。
悩みの中にどっぷりと浸かっていると、人はどんどんと視野が狭くなり、さらに不幸のどん底へと自分を追い込んでしまいがちです。「こんなに辛い思いをしているのは、世界中で自分一人だけに違いない」「自分だけがどうしてこんなに不幸なんだろう」と、悲劇のヒーロー、あるいはヒロインのような思考にはまってしまうこともあるでしょう。
しかし、人類がこの地球に登場してから、何千年、いや何万年、何百万年と、それこそ文明が生まれる前から悩みを持たない人間はいなかったのではないでしょうか。自分と同じことに悩んだ人は、それこそ星の数ほどいたことでしょう。だからこそ、このおばばの台詞は万人に刺さるメッセージなのです。
鎌倉殿という、傍から見れば恵まれた身分や立場にある者であっても、悩みを抱えているのです。生まれも身分も境遇も関係なく、人は何らかの「悩み」を抱えながら、それでも生きていくのです。そんな当たり前のことに気付かされる名場面でした。
「同じことで悩んできた者がいる」「おまえ一人ではないんだ」――。何かに悩んで行き詰まったときには思い出して、自分を励ましたい台詞です。
並木由紀(ライター、小説家)
大学院では平安時代の文学や歴史、文化を中心に研究。別名義で『平安時代にタイムスリップしたら紫式部になってしまったようです』、『凰姫演義』シリーズ(共にKADOKAWA)など歴史を題材とした小説を手がける。