人生100年時代の生存戦略を読み解く「鎌倉殿の13人」考察
歴史上の人物たちから学ぶ、新たな視点と生きるためのヒント 10-中編
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2022年のNHK大河ドラマは『鎌倉殿の13人』。脚本は、『新選組!』、『真田丸』に続き、三谷幸喜氏が務めます。
舞台となるのは、平安末期から鎌倉時代前期。北条義時を主人公に、源頼朝の挙兵から源平合戦、鎌倉幕府の樹立、御家人による13人の合議制、承久の乱まで激動の時代を描きます。朝廷と貴族が政治の実権を握っていた時代から、日本史上初めて、武家が政治を行う時代へと突入する、まさに歴史の大きな転換点とも言うべき時代。ここから中世という時代の幕が開く歴史のターニングポイントを、三谷氏らしいコミカルな演出も交えながら描く、予測不能のエンターテインメントです。
このコラムでは、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を深読みしつつ、ドラマの中に描かれる史実を取り出して解説します。そして、歴史上の人物たちの生き方や考え方から、現代に活用できる新たな視点を紹介していきたいと思います。
目 次
3. 実朝から御台所へのカミングアウト、その秘められた想いとは?
切的の技競べで見事な活躍を見せた鶴丸(平盛綱)と、その勝利の喜びを分かち合い抱き合う泰時を見た実朝は複雑な表情を浮かべます。義時は、鶴丸(平盛綱)を幼なじみで功績のある北条の家人だと持ち上げ、御家人にしてやりたいと義時は願いを申し出ます。しかし、義時の意に反し、「それはならん。分不相応の取り立ては災いを呼ぶ」「一介の郎党を御家人に取り立てるなどあり得ぬ」と、実朝にしては珍しく強い口調で却下します。この義時の望みに反対した時の実朝は、珍しく感情的になっているようにも見えました。その背景には、実朝の願った和田 義盛(横田 栄司)の上総介推挙は却下したというのに、当の義時自身は勝手な振る舞いをするのか、鎌倉を動かしているのはいったいどちらなのか、といった憤りもあったことでしょう。
ただ、そういった政治的な鬱憤に加え、実朝が泰時を想うがゆえに生じる鶴丸(平盛綱)への嫉妬心も、反対した原因のひとつにあったのではないかと考えられます。
実朝の御台所(正室)である千世(加藤 小夏)は、世継ぎを産む役目が自分にはかなわないのなら側室を娶るようにと実朝に訴えます。すると、実朝はこれまで誰にも言ったことのない悩みを、ためらいながらも千世だけには打ち明けます。
「私には世継ぎを作ることができないのだ。あなたのせいではない。私は……どうしても……そういう気持ちになれない」
千世は、それに対して怒るのではなく、「ずっとお一人で悩んでいらっしゃったのですね。話してくださり、うれしゅうございました」と実朝のカミングアウトを優しく受け止めるのでした。二人はこれがきっかけとなり、男女の契りを結ぶことはかなわなくとも精神的には家族としてつながることができたようで、その後は仲睦まじく過ごしている様子が描かれていきます。
2. 「私にはこの先、子ができることはない」と断言する実朝の真意は?
さて、ここで実朝がカミングアウトした「そういう気持ちになれない」とは、どういう意味なのでしょうか。千世は即座に理解を示してはいますが、実際にはかなりぼかした表現で告白していますので、前後のシーンをつなげて解釈しないと理解することができません。
史実においても、実朝と御台所は実子に恵まれませんでした。それでも、実朝が側室を一人も持とうとしなかったことについては、さまざまな説があります。
第42回「夢のゆくえ」で、船造りと渡宋計画が失敗して落ち込む実朝に対し、政子はある策を伝授します。それは、実朝の親裁を揺るぎないものとするための策であり、義時の専横を防ぐ策でもありました。そして、母の策に同意した実朝は、義時、泰時、政子、実衣(宮澤 エマ)、北条 時房(瀬戸 康史)を呼び、今後は家督を譲り大御所政治を始めるということを高らかに宣言するのです。
鎌倉殿の13人 第42回「夢のゆくえ」©️NHK
子どもができたのかと浮き立つ実衣に対し、実朝は、
「よい機会なので言っておく。私にはこの先、子ができることはない。すべて私のせいである」
と告げ、代わりに朝廷に連なる血筋の養子を取ることを提案します。まだ、公暁(寛一郎)をはじめとする源氏の嫡流が鎌倉にいる中でのこの発言に、義時は当然、異議を申し立てます。しかし、政子も泰時も実朝の意見を支持したため、義時は孤立することとなります。
この元ネタと思われる発言は『吾妻鏡』建保4(1216)年9月20日条にあり、「源氏の正統、この時に縮まりをはんぬ。子孫あへて相継ぐべからず(源氏の正統な血統は自分の代で終わる。子孫が継ぐことは決してないであろう)」と実朝自身が語ったと記されています。『吾妻鏡』では、官位昇進を急ぐ実朝の姿勢を憂慮した義時が、大江 広元を介して「子孫の繁栄を望むのであれば武家の頭領として征夷大将軍の地位だけあればよいのではないでしょうか」(「御子孫の繁栄の為に、御当官等を辞しただ征夷大将軍として、しばらく御高年に及び、大将を兼ね給うべきか」)と諫言(かんげん)したことに対する答えとして実朝が発言したと記されています。ドラマでは、この部分をアレンジして使用したのでしょう。
この『吾妻鏡』にも記されたやりとりについては、実朝自身が男子誕生を断念し、「しかるべき家から後継者を迎えるため、それにふさわしい身分となるよう官位を上げている」という自らの意図を義時に伝えたのではないかという解釈も唱えられています(上横手雅敬氏・河内祥輔氏など)。ドラマでは、その意図をはっきりと義時の前で宣言したという形で描かれているのです。
実際、この発言の後、第43回「資格と死角」では、朝廷から将軍の後継者を迎えるべく、政子と時房がはたらきかける様子が描かれていきます。そして、高貴な血筋を迎えるに値するよう、政子も実朝も相応の位階や官職を授かっていくのです。
しかし、この時の実朝は、まだ数えで25歳です。疱瘡という大病を患っているため肉体的に子孫を残すことができないと懸念した可能性も考えられますが、現代のように不妊の原因を検査する医学が発達していない時代、25歳の成年男性の発言としては不可解にも思えます。世継ぎを作ることを望まれる「鎌倉殿」という立場にありながら、子作りを諦めるにはあまりに早すぎる年齢なのです。実際、実朝の悩みを知らないと思われる乳母の実衣は、「諦めてはいけません」と実子の誕生を望むような発言をしています。まだ、25歳であれば、乳母として当然の発言でしょう。
『鎌倉殿の13人』で時代考証を務める坂井孝一氏は、「精神的なものによるものか、肉体的・生物学的理由によるものかは不明」としながらも「『子孫』に跡を継がせて『源氏の正統』を守りたいという意識が希薄だった」(『源実朝:「東国王権」を夢見た将軍」』)と指摘しています。
10-後編 に続く
並木由紀(ライター、小説家)
大学院では平安時代の文学や歴史、文化を中心に研究。別名義で『平安時代にタイムスリップしたら紫式部になってしまったようです』、『凰姫演義』シリーズ(共にKADOKAWA)など歴史を題材とした小説を手がける。
2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』