人生100年時代の生存戦略を読み解く「鎌倉殿の13人」考察 | シニアド

人生100年時代の生存戦略を読み解く「鎌倉殿の13人」考察
新連載企画 投稿日: 更新日:

人生100年時代の生存戦略を読み解く「鎌倉殿の13人」考察

歴史上の人物たちから学ぶ、新たな視点と生きるためのヒント 4-後編

【4-前編】はこちらから

2022年のNHK大河ドラマは『鎌倉殿の13人』。脚本は、『新選組!』、『真田丸』に続き、三谷幸喜氏が務めます。

舞台となるのは、平安末期から鎌倉時代前期。北条義時を主人公に、源頼朝の挙兵から源平合戦、鎌倉幕府の樹立、御家人による13人の合議制、承久の乱まで激動の時代を描きます。朝廷と貴族が政治の実権を握っていた時代から、日本史上初めて、武家が政治を行う時代へと突入する、まさに歴史の大きな転換点とも言うべき時代。ここから中世という時代の幕が開く歴史のターニングポイントを、三谷氏らしいコミカルな演出も交えながら描く、予測不能のエンターテインメントです。

このコラムでは、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を深読みしつつ、ドラマの中に描かれる史実を取り出して解説します。そして、歴史上の人物たちの生き方や考え方から、現代に活用できる新たな視点を紹介していきたいと思います。

目 次

  1. 平安時代から続く「後妻(うわなり)打ち」
  2. 「亀の前事件」の顛末
  3. 烏帽子の持つ意味と上総広常の死
  4. 古代から中世、日本の女性の立場は実は強かった?

4. 平安時代から続く「後妻(うわなり)打ち」

この「亀の前事件」は、従来、北条政子の女傑ぶりを示すエピソードのひとつとして語られることもありましたが、実は政子独自の行いではありません。ドラマの中でも、りくが「前妻はね、後妻の家を打ち壊してもかまわないの」と、「後妻打ち」は都の貴族たちの間で行われている風習だと政子に説明していました。実際、前妻と後妻の間で行われるこのような「後妻打ち」は、平安時代中期から行われていたのです。記録で確認できる最も古い「後妻打ち」の例としては、『権記』(藤原行成の日記)の寛弘七(1010)年二月十八日条があります。これは、「亀の前事件」から200年近く前のことです。

「後妻打ち」を行ったのは、大中臣輔親の妻・蔵命婦と呼ばれる人物でした。藤原道長の五男・藤原教通の乳母であり、『紫式部日記』の中宮彰子の敦成親王出産の場面にもその名が見える人物です。後妻と見られる人物(故藤原廉家の妻)のもとに、教通の随身と下女を30人ほど乱入させて、家財道具を破損させた(=「内雑物破損」)と記されています。

5. 「亀の前事件」の顛末

結局、この「亀の前事件」の責任は、「後妻打ちの実行犯である牧宗親が取らされることとなりました。『吾妻鏡』には、「武衛、御鬱念の余り、手ず自(よ)り宗親の髻(もとどり)を切らせしめ給ふ」と記されています。武衛とは、頼朝のことです。ドラマ『鎌倉殿の13人』では、頼朝が手ずから罰を下すのではなく、梶原 景時(中村 獅童)が髻を切るというアレンジがなされていました。これは、もしかすると後の上総 広常(佐藤 浩市)を粛清する場面の伏線だったのかもしれません。

この時代、髻を切られることは死罪にも近い辱めと考えられていました。同時代の髻切りの例としては、嘉応2(1170)年、『平家物語』や『源平盛衰記』に描かれる殿下乗合事件が有名です。平資盛が藤原基房に辱められたことの意趣返しとして、父である重盛が基房の車を襲わせ従者の髻を切ったとされており、これが「平家の悪行の始め」であると語られています。

そもそも、この時代の貴族や武家の人間たちは、烏帽子を常に被っており、髪を他人には決して見せることがありません。頭頂部を人にさらすこと自体が、人前で裸になるのと同じくらい恥ずかしいことと考えられていました。髻を切られる瞬間の宗親が、首を切られるかのように脅え、絶叫しているのは、決して大げさな演技ではなく、当時の貴族の感覚としてはそれほどの恥辱であったためです。

6. 烏帽子の持つ意味と上総広常の死

ドラマ『鎌倉殿の13人』では、こういった烏帽子に関する習俗も時代考証に従ってきちんと再現されており、合戦の場面をよく見てみると、兜の下にしっかりと烏帽子を被っているのが確認できます。兜の前立ての後ろ、頭頂部にある穴から黒いものが飛び出ているのが確認できると思いますが、これが烏帽子です。

さて、このように宗親の処罰の場面をあらためて振り返ってみると、上総広常が無実の罪ながら、「惨殺」とも言うべきひどい殺され方をしたことがわかります。第15回「足固めの儀式」で、頼朝の計略に嵌められた上総広常は、梶原景時の手によって殺されてしまいます。

第15回の放送直後は、SNSで「上総広常を偲ぶ会」なるハッシュタグまで登場するほど愛され、多くのファンからその退場が惜しまれていました。梶原景時と双六に興じている途中に斬りかかられた上総広常は、最初の一撃で烏帽子が落ちてしまいますが、それを拾うこともできぬまま逃げ惑い、「武衛、武衛」と、味方であると信じて疑わぬ頼朝を探します。頼朝が現れた時、一瞬、笑顔を浮かべたのは、助けてくれると信じていたからでしょう。鎌倉殿と御家人が一堂に会する中、烏帽子は落ちたまま、頭頂部をさらしたままの状態で、罪人であると斬り捨てられるのは、本当にむごい処刑の仕方です。だからこそ、他の御家人たちは恐怖し、自分はああなりたくない、もう鎌倉殿を裏切ることは決してするまいと誓うしかない恐怖の「足固めの儀式」と成り得るのでしょう。

コミカルに描かれた「亀の前事件」も、視聴者に当時の習俗を理解させる悲劇の伏線という側面を持っていたのかもしれません。

7. 古代から中世、日本の女性の立場は実は強かった?

近年になって、女性の地位向上や男女平等が叫ばれるようになったため、「昔の女性は現代の女性よりも虐げられており、男尊女卑が当たり前の世界だった」というイメージを持っている方も多いかもしれません。

しかし、古代から中世において、財産分与も認められていた日本の女性の地位はそれほど低かったとは言えないのではないかと考えられています。むしろ、儒教や朱子学など外国の考え方が入って来たことによって、次第に封建制度が進んでいき、女性の地位が低くなっていったのではないかとも言われているのです。

日本中世史・女性史の研究者である野村育代氏によれば、「東国ではすでに一夫一妻が強く結び付いて家を構え、経営をともに行なう形が一般的になっていた」(『北条政子―尼将軍の時代』吉川弘文館・2000年)そうです。
『鎌倉殿の13人』では、政子、りく、亀、巴御前(秋元 才加)と、自らの才覚で活躍する女性たちが生き生きと描かれていますが、これは三谷氏のオリジナルというよりも、当時の女性たちの姿をリアルに描き出しているシナリオだと受け取った方がよいでしょう。

フェミニズムやジェンダーという考え方は、今世紀になって生まれた新しい思想ではなく、古くから日本の伝統文化の中に根付いていたものなのです。

並木由紀(ライター、小説家) 

https://note.com/yuki_nami

大学院では平安時代の文学や歴史、文化を中心に研究。別名義で『平安時代にタイムスリップしたら紫式部になってしまったようです』、『凰姫演義』シリーズ(共にKADOKAWA)など歴史を題材とした小説を手がける。

2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』

(C)NHK

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